あとりのやっぱり○○が好き❤

あとりです♥ファッション、おしゃれがすき❤茶トラの元保護猫を飼っています。京都在住で、京都観光や御朱印集め、美術館巡りにはまっています❤

【滋賀県】『多賀大社』

こんにちは、あとりです♥️

滋賀県、『多賀大社』に行ってきました。(26年3月24日)




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
前回からの続きです。
近江鉄道多賀大社前駅から西の鳥居、鐘楼など載せています。
ご一緒にご覧ください⤵️
www.atori-atosuki.com
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




【大鳥居】


『多賀大社』ご本殿正面にある大鳥居です。





【太閤橋】


大鳥居をくぐった先にある太閤橋は、豊臣秀吉が母・大政所(おおまんどころ)の病気平癒のお礼として奉納した米1万石で奥書院・庭園とともに造られたものと伝えられています。
元は木造でしたが、1635年ごろ石の橋になり、現在は老朽化のため通行禁止となっています。



【左→愛宕神社、右→秋葉神社】


太閤橋向かって右にある、末社の愛宕神社(京都)、秋葉神社(静岡)で、ともに火伏せの神様です。




【天満神社】


太閤橋左側にある天満神社です。
ご祭神で学問の神様、菅原道真は梅の花をこよなく愛していました。



ちょうど梅の花が見頃でした❗



【ご神門】

ご神門をくぐりました⤵️



【ご本殿】


うおーと声が出るくらい、美しかった❗



【ご神門】


ご神門を振り返っています。




おみくじが華やか、かわいい♥️



【多賀杓子(しゃくし)】


奈良時代養老年間(717~724年)、元正天皇が病気にかかった時に強飯(こわめし)を炊き神木で杓子をつくり、これを添えて献上したところたちまち病気が治ったと伝えられています。
杓子の表面の文字は「壽(ことぶき)という神字で、無病息災、延命長寿の縁起物とされています。
また、「おたまじゃくし」は「お多賀杓子(たがじゃくし)」がなまったものとも言われています。


写真左奥に、杓子型絵馬が奉納されています。




【神馬舎(しんめしゃ)】




【東の鳥居】


東の鳥居近くにきれいなトイレがありました。


ご本殿前に戻ってきました⤵️





【手水舎】




【絵馬舎】



【授与所】



授与所で切り絵御朱印をいただきました。
奥書院・庭園の拝観受付もしていました。




社殿は手前から拝殿、神楽殿、幣殿(へいでん)、本殿となっていて、東西に回廊が続いています。





『多賀大社』は、「古事記」にも記載があり、1300年以上の歴史のある古社で、「お多賀さん」と呼ばれ親しまれています。


ご祭神は伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)と伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)で、日本最初の男女の神様です。
夫婦神で、大八洲(日本の国土)、山川草木、八百万の神々を生み、最後に「伊勢神宮」のご祭神・天照大神(あまてらすおおみかみ)を生みました。
「お伊勢参らばお多賀へ参れ、お伊勢、お多賀の子でござる」、「お伊勢七度、熊野へ三度、お多賀さまへは月参り」と唄われ、延命長寿、縁結び、厄除けの神様として信仰を集めてきました。


拝殿には大きな杓子が納められています。




【能舞殿】



【左→竈神社、年神神社、中→子安神社、右→さざれ石】





【寿命石】


平安時代、「東大寺」の再建を命じられた俊乗坊重源(しゅんじょうぼうちょうげん)は、当時61歳という高齢だったため、長寿の神様である『多賀大社』に祈願すると、20年の寿命を授かり、無事に「東大寺」を再建することができました。
お礼の参拝時に重源が背負っていた箱を下ろしたと伝わる石が「寿命石」で、延命長寿のご利益で知られています。



【左→熊野新宮、天神神社、熊野神社、右→聖神社、三宮神社】



東側から見たご本殿です。



では次回に続きます❣️
最後までお読みいただきましてありがとうございます♥️
お気軽にコメントや、ブックマーク、にほんブログ村に応援ポチッとしていただけるとうれしいです。あとり


[https://www..com/にほんブログ村 にほんブログ村へ
にほんブログ村にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村:title]