こんにちは、あとりです♥️
京都、『興聖寺』、「京の冬の旅」に行ってきました。(26年2月21日)

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前回からの続きです。
『興聖寺(こうしょうじ)』についての説明や、本堂、方丈など載せています。
ご一緒にご覧ください⤵️
【京都】『興聖寺』「京の冬の旅」 - あとりのやっぱり○○が好き❤
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方丈から茶室へと移動しました⤵️

茶室へと向かう渡り廊下の途中にある庭園です。

深さ約2m、螺旋状の石段の下に手水鉢が据えられた「降りつくばい」です。
美しい❗

【織部灯篭】
降りつくばい横の織部灯篭の火袋左右が日と月の形に彫られていました。

赤い矢印が日で、反対側が三日月の形になっているのが見えました。
また、南蛮渡来人といわれる人物も灯篭足元に彫られています。


【杉戸絵】

【雲了庵】
昭和4年(1929年)に竣工された、茶室「雲了(うんりょう)庵」は、古田織部の院号から名付けられました。



「雲了庵」から見た庭園です。



方丈と「雲了庵」の間の庭園です。


鮮やかな緑で彩色された、山々を型どった欄間がかわいい❗






「雲了庵」の10畳の広間の奥に、束帯姿(そくたいすがた)の古田織部像が安置されています。
古田織部は大坂夏の陣の際に徳川方につき武功を挙げましたが、豊臣方に内通していると嫌疑をかけられ、織部とその男子たちは自刃しました。
夫と子を失った正室・仙(せん)は『興聖寺』山内に寺を建て菩提を弔いました。
現在『興聖寺』の墓地内に織部と5人の男子、仙の石塔が建てられ、供養が行われています。

ろうそく立ても、南蛮渡来人といわれ、珍しい形です。




三畳台目の茶室です。
茶室から移動しました。

本堂から祈祷する声が聞こえてきたため、本堂に寄ってみると、ご本尊前で住職さんが祈祷していました。
住職さんが一枚一枚祈祷した一切経を写した手ぬぐいを授与していました。
とても貴重な一切経が方丈に展示してあり、スタッフの方々に説明を受けました。
博物館などでガラスケースの中で展示されていてもおかしくないよな品ばかりだそうです。
一切経は劣化が進み、多少の虫食いならかわいいもので、触れるとボロボロと崩れてしまうくらい劣化が進んでいるものもあるとのお話でした。
一切経を保存、修繕するのは、修繕する職人さんも少なく、時間もお金もかかり大変ですが、このお寺に一切経が集まったのも何かの縁なので、後世に残すために頑張りたいとお寺の方々が熱く語っておられることに感動しました。
また、ゆっくり訪れたい、応援したいお寺になりました。
ではここまで❣️
最後までお読みいただきましてありがとうございます♥️
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