こんにちは、あとりです❤️
京都、大徳寺塔頭、『総見院』に行ってきました。(23年2月22日)
『総見院(そうけんいん)』はバス停・大徳寺前から徒歩約6分です。
『総見院』は「大徳寺」塔頭寺院の一つで、「大徳寺」の境内にあります。
通常非公開のお寺ですが、今回「京の冬の旅」で特別公開されました。
「第57回 京の冬の旅」
23年1月23日~3月17日
拝観料 800円
門を入ったところに拝観受付がありました。
「大徳寺」塔頭は写真撮影が禁止のところが多いのですが、『総見院』は写真撮影が出来ました。
拝観受付の建物を振り返ると、猪目(いのめ)窓のハート❤️が見えました。
【鐘楼】
鐘楼は境内の外(塀の外)にありますが、『総見院』の鐘楼だそうです。
【照苑塔】
【本堂】
本堂にあがりました。
『総見院』は天正11年(1583年)、豊臣秀吉が織田信長の菩提を弔うため、千利休の師にあたる古渓宗陳(こけいそうちん)和尚を開祖として創建しました。
織田信長の葬儀が行われた地で、『総見院』の寺名は信長の法名から名づけされました。
本堂に安置されている「織田信長坐像」(重要文化財)は、信長の一周忌に合わせて香木(沈香(じんこう))で作られた、高さ約115cmの衣冠帯刀の姿です。
運慶・湛慶の流れを汲む仏師・康清(こうせい)作とされています。
『総見院』に残る「織田信長坐像」は同じものを2体彫ったうちの1体で、もう1体は信長の葬儀の時に遺体の代わりに棺に入れられ火葬されました。
本堂の裏側へ向かいました⤵️
【茶室「寿安席」】
【茶室「龐庵」】
【茶室「香雲軒」】
本堂の裏(北側)に、3つの茶室「寿安(じゅあん)席」、「龐(ほう)庵」、「香雲軒」か並んでありました。
茶室に通じる渡り廊下に、棚のようなものがあり、「何ものっていないけど、なんで廊下に棚があるの?」と不思議に思ったので「京の冬の旅」のガイドの方にきいてみました。
これは「みこし」で、織田信長坐像を移動させる時に乗せて使用するそうです。
こんなところで保管してるの❓
へ〜〜〜❗❗
墓所へ移動しました⤵️
【織田信長の墓碑】
向こうに比叡山が見えました❗❗
比叡山に雪が積もっています。
美しい〜❤️
【本堂】
本堂横(写真左)に掘り抜き井戸がありました⤵️
【掘り抜き井戸】
加藤清正が朝鮮から船の重しとして持ち帰った石を井筒(いづつ)とした掘り抜き井戸です。
井戸の中を「京の冬の旅」のガイドの方に見せていただきました。
深いところに水がありました。
深い井戸のため、井戸の中に物を落とすと取り出すのが大変なため、物を落とさないようにと注意されました。
思わず、スマホを落とさないようにカバンの中に入れました🤣🤣
【胡蝶侘助椿】
豊臣秀吉が千利休から譲り受けたという、樹齢400年の日本最古の胡蝶侘助椿(こちょうわびすけつばき)の木がありました。
境内から出ました⤵️
【鐘楼】
『総見院』の鐘楼。
立派です❗
『総見院』の塀の外にあるので、ずっと「大徳寺」の鐘楼だと思っていました。
今回「京の冬の旅」のガイドの方に教えてもらってびっくり。
織田信長や武将、歴史が好きな方の聖地となっているお寺だそうです。
『総見院』は通常非公開のため、今回「京の冬の旅」で公開されるときいて、楽しみに行ってきました。
つい先日(22年12月19日)に、織田信長が祀られている「建勲神社」を訪れました。
ぜひご一緒にご覧ください⤵️
織田信長とその一族の墓所があり、菩提寺である『総見院』、そして徒歩数分で行ける距離にある、織田信長が御祭神として祀られている「建勲神社」。
京都の織田信長ゆかりのお寺や神社をめぐるのも、楽しそう。
一人の人物に注目してお寺や神社といった点と点を線で結んでいくのも、楽しそうですね。
これからはもっと歴史に興味をもって、京都のめぐりを楽しもうかなぁって思っています。
ではこの辺で❣️
最後までお読みいただきましてありがとうございます❤
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