こんにちは、あとりです。
20年1月20日
母が突然亡くなりました。
前回からの続きです。
その時の率直な私の気持ちを書いています。
よかったら見てください。
20年1月21日の17時から通夜が行われました。
実家は広島、私は京都在住のため、午後早く京都を出発しました。
京都は「緊急事態宣言」が出されているため、息子2人は広島、京都間を移動しない、通夜、葬式に参列しないことにしました。
通夜はこういったご時世のため、身内だけで行われました。
通夜の後の食事会も、妹夫婦と私、弟だけでほとんどの時間を過ごしました。
普段離れて暮らしている兄弟なので(妹は岡山に住んでいます。)、たくさんたくさん喋りました。
母は76歳になったばかりでした。
母は前日の夜まで普通に元気で、朝目覚めず、実家の布団の中で亡くなったのを、弟が発見しました。
弟の話では、母は病院に通っていなくて家で亡くなったため、救急車を呼ぶと、救急車と一緒に警察の方も来られたそうです。
家は荒らされてなく、お金なども盗られていなかったため、事件性もないということになり、無事通夜が行われることになりました。
死因は解剖をしていないため、はっきりとは分かりませんが、心臓病の疑いとなっていました。
母の部屋は寒く、母は暖房をつけない人だったためそれが原因かも・・・と弟は言っていました。
母ってすごいなぁって思うのは、母らしくみんなのタイミングをみて亡くなったとしか思えないことでした。
母が亡くなったその日、弟は仕事が休みで、出かけてお昼ご飯を食べて帰ってから、13時ごろ亡くなった母を発見したそうです。
弟はなんでもっと早く発見してあげられなかったんだろうと悔やんでいましたが、もし仕事だったら発見は夜の8時すぎになっていたそうです。
夜の8時すぎから警察が来たりしていたら、通夜、葬式は遅くなっていただろうという話でした。
弟が15時少し前に私に電話で知らせてくれたのですが、私もたまたま仕事が休みでスマホの近くにいて、すぐに出ることができました。
もし仕事の日だったら仕事中の時間で、スマホはロッカーに置いておくため、連絡を聞くのが遅くなっていました。
また、高校生の息子がその日に期末テストが終わる日で、次の日からしばらく学校が休みでした。
それに今は私の仕事がヒマな時期で、罪悪感なく仕事を休むことができました。
妹ももう少ししたら仕事に出る時間だったそうで電話に出れてよかったと言っていました。
それに、弟が母の兄に電話をしても連絡がとれずどうしようかとあわてていると、家のインターフォンがなって出ると母の兄が来ていたそうです。(これは偶然だそうです。)
そこから母のお兄さんに一緒にいてもらって、心強かったそうです。
通夜の後しばらく兄弟で喋っていましたが、母を発見した弟が昨夜一睡も出来なく、疲れていたため19時すぎには食事会は終わりにしました。
妹夫婦は葬儀の会場に泊まり、私は実家に泊まりました。
実家、もうやばい。
母は前日の夜まで自分が死ぬなんてこれっぽっちも思っていなかった。
台所のなべの中には、母の煮物が残っていた。
台所のテーブルの上には、食べかけのお菓子やみかんが残っていた。
母の布団のそばには母の大好きだった、解きかけのクロスパズルが置いてあった。
時の止まった母の日常がそのままあった。